当時の僕の日本語の実力といえば、ひらがなをやっとマスターした程度。なので面接と言っても、当の本人である僕は一言も喋らずにただ目をパチクリさせている状況であった。まぁ第3者が見ていたとしたらKさんと店長による面談に見えたかもしれない。
でも、幸い面談は順調に進んだようで開始から約30分後、Kさんと店長は笑顔で握手を交わしていた。つまりそれは僕の採用が決まったという証であろう。
その後、最も気になっていた勤務条件についてKさんはこう説明してくれた。時給は950円(3ヶ月後1000円にアップ可)。3交代制の遅番に就く(23:00〜8:00)。お店の社員寮に入る(給料から1万円を差し引く)。最後に店長から「一刻も早く日本語を覚えてオーダーが取れるように努力しなさい!」と言い渡された。
こうして19歳の僕は、『六本木の焼肉店のウェイター』として社会人の第一歩を踏み出すことになったのだ。
築地の社員寮
面接の次の日。僕は店長が描いてくれた地図を片手にスーツケースを持って社員寮へ出向いた。地下鉄日比谷線の『築地駅』を出てしばらく歩くと川が出る。その川の橋を渡ってから徒歩5分の所にある『◯◯アパート』の8階。
ドアの外でベルを鳴らすと寝起きで髪の毛が突っ立っている一人の韓国人の男性が寝ぼけ眼で僕を迎えてくれた。
そして皆さんも気になっているのであろう社員寮の構造はこんな感じ⬇︎
2LDKの古いアパート。玄関の手前が韓国人専用部屋。すでに先輩の李さん(31歳)と金さん(28歳)はここで1年ほど暮らしているそうだ。そして隣の部屋には厨房で働く4人のタイ人が入っていると李さんは小声で言ったのだが、まるで閉まっているふすまを揺るがすようなイビキの音が轟いていた。
李、金、裵
その日の夕方6時すぎ。李さんと金さんは近所の焼肉店へ僕を連れ出し、びっくりするほどスープが赤い『カルビクッパ』を奢ってくれた。そして、食事後。僕はくわえタバコの二人から質問攻めに会う。
李 「相当若く見えるけど、年はいくつ?」
裵 「19歳です」
李 「は? 君のような若い韓国人の男は日本で見たことがないな」
裵 「?」
李 「もちろん、ソウルから来たんだよな?」
裵 「いえいえ、アルゼンチンから来ましたけど」
李・金 「!?#&$@!?」
金 「それで日本に来てどれくらい経つの?」
裵 「一昨日来ました。今日が三日目です」
金 「えっ! 何だと〜? じゃ日本語は話せる?」
裵 「全く話せないです」
李 「でも今日の深夜から仕事始めるんだろ? 大丈夫なのか?」
裵 「大丈夫っす! なんでもやります!」
李・金 「………」
李さんと金さんはお互いを見つめ合い、かなり心配そうな表情をして、何度も首をかしげていた。しかしその意味が何を示しているのか。その瞬間の僕には全く見当もつかなかったのである。